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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)2489号 判決 1986年7月29日

名古屋市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

伊藤誠一

右同

神田勝吾

愛知県津島市<以下省略>

被告

主文

一  被告は原告に対し、金五三一万〇三一五円及びこれに対する昭和六〇年八月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、訴外豊田商事株式会社(以下、「訴外会社」という。)名古屋支店の従業員である。

2  原告は、被告の勧誘に応じて訴外会社との間で、別表記載の日に同表記載の名義を使用し、同表記載の数量の金及び白金の地金を訴外会社から買い受けたうえ、訴外会社に寄託し、訴外会社は、これを契約日から五年を経過した日の月末以降の原告の指定した日に返還し、この間賃料名目の金員を五回に分割して支払う旨の契約(以下「本件各契約」という。)を締結し、訴外会社に対し、本件各契約に基づき右地金購入代金として、受領済みの右賃料を控除した結果、少なくとも同表記載のように計五三一万〇三一五円を交付した。

3  訴外会社は、本件各契約に基づき原告から交付を受けた金五三一万〇三一五円に相当する金、白金の地金を返還しないまま、昭和六〇年七月一日大阪地方裁判所において、破産宣告をうけたため、原告は、右金員の回収が不可能となった。

4  被告が原告に阻し、本件契約締結のためにおこなった勧誘は、以下のように違法な欺罔行為であり、被告は民法七〇九条に基づく不法行為責任を負うべきである。

(一) 訴外会社は、前記のように、本件各契約により、原告に売却した金、白金の地金を、現実には保有せず、他の同種契約と同様、契約終了後返還の際、初めて返還に要する分を購入する意図であったところ、被告は訴外会社が本件各契約において被告に売却した分に相当する金、白金の地金を常時保有せず、契約終了後、返還に要する分のみをはじめて購入する方針であったことを知りながら、被告に対し訴外会社が本件各契約により、被告が買い受けた金、白金の地金を保有しておりこれをそのまま、訴外会社において契約終了時まで保管し、賃料名目の金員を支払い、契約満期の場合は、右保管にかかる金、白金の地金を返還するので、右地金に相当する分は保障された安全な取引である旨の虚偽の事実を申し向け、よって、六二才の老齢のうえ、脳こうそく、脳血栓で入退院をくり返していた判断能力の劣る被告をその旨誤信させ、本件契約の締結と、前記購入代金の支払いに至らしめた。

(二) 被告は、訴外会社が金地金を購入したとしても、従業員に対する高額の歩合給や、顧客に対する高額の賃借料を上まわる利益を上げる方法もないことは、理解していた以上、本件契約により支払われた右購入代金相当額が返還されない事態がいずれ生ずることを予見しつつ、被告に対しこれを秘して、本件各契約の締結を勧誘し、もって、本件各契約の締結と、前記購入代金の支払いに至らしめた。

よって、原告は、被告に対し、民法七〇九条に基づく金五三一万〇三一五円の損害賠償及び、これに対する不法行為後である昭和六〇年八月一六日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを請求する。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中被告の勧誘により、原告が訴外会社と原告主張の本件各契約を締結したことは認め、同3の事実は不知。

3  同4の事実は争う。

(一) 被告は、訴外会社が、現実に金、白金の地金を購入し保有していると信じていた。

(二) 被告の原告に対する勧誘は、強引でも執ようでもなく、原告は、自らの意思に基づいて、本件各契約を締結した。

(三) 被告は、原告に対し、「預貯金の利息よりいい。」とか、「元本を保証する。」とは一切言っていない。ただ、上司が、原告に対し「預金しておくより高くお金が増える。」とか、「金は現金と同じで、金を訴外会社に預けて賃料をもらった方がよい。」と言ったことがあることは知っていた。

(四) 訴外会社は、従業員に対し、顧客からは生活費以外の金は、すべて契約させ、交付を受けるよう指導していたが、被告は常に原告の手元に一〇〇万円ないし二〇〇万円を残すよう配慮していた。

三  抗弁

仮に、被告が損害賠償義務を負うとしても、

1  被告は、昭和六〇年三月三〇日原告に対し、金一〇万円を貸し渡した。

2  被告は、昭和六一年一月一三日本件訴訟第一回準備手続期日において、原告に対し、右損害賠償債務を、右貸金債権をもって対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実中1は認める。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録の記載のとおりであるので、これを引用する。

理由

一  原告が別表記載の日に、訴外会社との間で、同表記載の数量の金、白金の地金を同社より買い受けたうえ、同社に寄託し、同社は、右地金を契約日から五年を経過した日の月末以降原告の指定した日に返還し、この間賃料名目の金員を五回に分割して支払う旨の本件各契約を締結したこと、被告は、訴外会社の従業員として、原告に対し、本件各契約の締結を勧誘したことは、いずれも当事者間に争いがなく、原告が本件各契約に基づき、右地金の代金として、少なくとも別表記載のように計金五三一万〇三一五円を支払ったことは、被告が明らかに争わないので。これを自白したものとみなす。

二  そこで被告の右勧誘行為が不法行為に該当するか否かを判断する。

1  (被告の勧誘行為)

一判示の事実、成立に争いのない甲第六号証、甲第三号証の一ないし四、第四号証の一、二、第五号証の一ないし五、被告本人尋問の結果(但し、後記認定に反する部分は除く)、原告本人尋問の結果、及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告は、本件各契約締結の際、原告に阻し、訴外会社は、本件各契約における別表記載の数量の金、白金の地金を常時保有しており、右契約分の地金を原告より寄託されたものとして、契約期間中保管を継続し、期間満了後は、右保管にかかる地金を、そのまま返還するので、右地金の返還が履行されることは確実であり、本件各契約は少なくとも、右地金の価格分は保障された極めて安全な取引である旨申し向けたこと、原告は、被告の右説明を信じて、本件各契約を締結し、一判示の金員を交付するに至ったこと、被告は、原告の取引銀行や郵便局に原告と同行し、その預金の解約手続を代行し、右解約金をそのまま、右地金の代金として受け取ったこと等の事実がいずれも認められる。

2  (欺罔行為)

(一)  前掲甲第六号証(訴外会社破産管財人の調査報告書)によれば、訴外会社は、本件各契約と同一内容の、いわゆる純金、白金ファミリー契約において、一般に右契約により客に売った金、白金の地金を殆んど保有せず、顧客から交付された代金は会社の運営費や他の投資に流用し、契約期間満了後、地金を返還する際に、初めて、他の顧客から交付された金員で、右地金を購入して返還する方針をとっていたことが認められるので、訴外会社は、本件各契約においても、契約当初から、契約期間中、右契約分に相当する地金を保有する意思もなく、契約期間満了後、返還を要する右地金を初めて購入する意思を有していたことが推認される。

(二)  被告は、その本人尋問の結果によれば、昭和五九年二月、訴外会社名古屋支店の営業員、同年一〇月頃同支店営業部門の係長であったにすぎず、訴外会社の(一)判示の意思を当然に知りうる地位にあったとまでは認められないとしても、その本人尋問の中で、訴外会社は、本件契約等の純金、白金ファミリー契約で、顧客から交付された金員で購入した金等の地金を、その小会社に交付し、小会社がこれを換金したうえ、右金銭を運用して、高額の賃借料名目の金員を支払えるような大きな収益を上げていたと考えていた等と供述しており、右供述によれば、訴外会社が仮に本件各契約等の純金、白金ファミリー契約により交付された金員で地金を購入したとしても、これを契約期間満了まで保管を継続するのでなく、右金員を少なくとも、最終的には金銭の形で投資等に使用しており、従って同社が契約期間中常時、右全契約分に相当する量の金、白金の地金を保有していることもなく、結局、契約期間満了後、返還用の地金を購入する意思であったことを、被告が了知していたことが推認される。のみならず前掲甲第六号証、成立に争いのない甲第七号証、被告本人尋問の結果(但し、後記認定に反する部分を除く)及び弁論の全趣旨により認められる、本件各契約において、訴外会社が賃料名目で支払いを約した金員は、原告の支払った代金の年約一五パーセントに相当する高額なものであり(五年間で約七五パーセントとなる)、訴外会社が現実に、原告の購入した金、白金の地金を契約期間中そのまま保管しつづけたとしても、右支払いを賄うに足りる収益をあげられるとは、通常考え難いこと、被告は、昭和五八年一〇月頃から、報道機関等から訴外会社が現実に金の地金を保有していない疑いがある等の批判を受けていたことを了知していたこと、訴外会社が現実に契約分に相当する金、白金の地金を常時保有していれば、その返還が著しく遅れることは、通常ありえないにもかかわらず、被告は、遅くとも昭和五九年暮ころから、右地金の返還が遅れるとの苦情を少くとも一〇回以上、顧客から直接受けていること、被告は、昭和五九年、同六〇年の二年間に、訴外会社から計約三〇〇〇万円の、常識外の高額の給与を受けていたこと等の事実も考え併せれば、被告は、本件各契約締結の勧誘をした際、訴外会社が本件各契約期間中、右契約分に相当する右地金を常時保有する意思もなく、本件契約終了後返還を要する地金だけを初めて購入する意思であったことを知っていたことが推認され、右認定に反する被告本人尋問の結果は、前判示の点に照らし、採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  右認定の事実によれば、被告は本件各契約の際、原告に対し、訴外会社が、本件各契約期間中、右契約に相当する金、白金を常時保有する意思もなく、本件契約終了後返還を要する地金だけを初めて購入する意思であったことを知っていたにもかかわらず、訴外会社が、原告の買い受けた分に相当する金、白金の地金を常時保有しており、本件各契約期間中右地金を、原告より寄託されたものとして、保管を継続し、期間満了後、右保管にかかる地金をそのまま返還するので、右地金の返還が履行されることは確実であり、本件各契約は少なくとも右地金の価格相当額は保障された安全な取引であるとの虚偽の事実を申し向け、原告は、被告の右説明、とりわけ本件各契約の安全性を信じて、訴外会社との間で、本件各契約を締結し、かつ一判示の金五三一万〇三一五円を交付したことが認められる。

3  (欺罔行為の違法性)

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により、真正に成立したものと認められる甲第一号証、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件各契約当時、六二才の独り暮らしの老人で、昭和五四年脳血栓症で入院して以来、通院加療を続けており、言語障害、左半身不随の後遺症があり、判断能力も通常人に劣る状態にあったことが認められるうえ、原告が本件各契約締結と右各金員の支払いに応じたのは、二12判示のように、訴外会社が、本件各契約により原告が購入した分に相当する金、白金の地金を契約期間中常時保有しているので、期間満了後の地金の返還が履行されることは確実で安全な取引であるとの被告の説明を信じたからであり、仮に、被告が原告に対し、訴外会社は本件各契約分に相当する金、白金の地金を常時保有せず、契約期間終了後、返還用の地金だけを初めて購入する意思であると告知すれば、原告はこれに応じなかったものと推認されるので、被告の右欺罔行為は、本件各契約上極めて重要な部分につきなされたものと認められる。そのうえ、二1判示のように、被告は、判断能力に問題のある原告に対し、右虚偽の事実を述べたのみならず、その取引銀行、郵便局へ同行して、預金の解約手続を原告に代行しておこない、右解約金を前記地金の購入代金としてそのまま受け取る等、取引上通常考えられないほど積極的な勧誘方法をとったことも考え併せれば、被告の右欺罔行為は、取引において通常許容される限度を著しく超えた違法なものであると解すべきである。

4  (損害)

そして原告が、被告の右欺罔行為の結果、金五三一万〇三一五円を訴外会社に交付したことは前判示のとおりであるうえ、前掲甲第六号証及び弁論の全趣旨によれば、訴外会社は、原告に阻し、別表記載の金、白金の地金を返還しないまま、昭和六〇年七月一日大阪地方裁判所において、破産宣告をうけたため、原告は右金五三一万〇三一五円の回収が不可能となったことが認められる。

5  従って、原告は、被告に対し、民法七〇九条に基づき、被告の右違法な欺罔行為により原告の被った右金五三一万〇三一五円の損害の賠償及びこれに対する不法行為後である昭和六〇年八月一六日以降の民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを請求することができる。

三  最後に被告の相殺の抗弁につき判断するに、被告が原告に対し、昭和六〇年三月三〇日金一〇万円を貸し渡したことは当事者間に争いがないものの、本件のように、不法行為により生じた債務をその債務者たる被告が受働債権として相殺し、原告に対抗することは、民法五〇九条により禁止されている以上、被告の右抗弁はその余の点を判断するまでもなく失当であることは明らかである。

四  以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大竹たかし)

<以下省略>

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